日陰には青ジソ 2
佐倉市に住んでみてうれしかったのは、1年中イワシやアジが刺し身で食べられることだ。
銚子など房総半島の漁港から、新鮮な魚が入って来る。
その房総の郷土料理に「なめろう」があります。
三枚におろしたアジやイワシと、ネギ、青ジソ、みそを一緒に包丁で細かくたたいた素朴な料理だ。
箸で適量を口に放り込み、舌の上でつぶすようになめていると、鮮烈な海の香りが広がる。
そこに冷やした吟醸酒でも流し込めば、天国、天国。
ミョウガを加えれば、またうまい。
佐倉市に住んでみてうれしかったのは、1年中イワシやアジが刺し身で食べられることだ。
銚子など房総半島の漁港から、新鮮な魚が入って来る。
その房総の郷土料理に「なめろう」があります。
三枚におろしたアジやイワシと、ネギ、青ジソ、みそを一緒に包丁で細かくたたいた素朴な料理だ。
箸で適量を口に放り込み、舌の上でつぶすようになめていると、鮮烈な海の香りが広がる。
そこに冷やした吟醸酒でも流し込めば、天国、天国。
ミョウガを加えれば、またうまい。
私の畑の南側の一部は、日当たりが悪い。
そういう場所にシソ、ミョウガが育っています。
といっても、私が植えたわけではない。
地主さんが植えていたのが、世話もしないのに増えているだけです。
シソもミョウガも直射日光を受けると硬くなるので、むしろこういう場所がいいのです。
菜園でなくても、庭の日陰に植えておけば便利に使える。
シソやミョウガは和製ハーブともいえる薬味野菜だ。
刻んで冷や奴にのせたり、そうめんや冷や麦の薬味にしたり、夏になると大いに恩恵を受けています。
それにわが家では、できあいの刺し身パックは買わないので、魚をおろして刺し身を作る時には、皿に敷くための青ジソが必需品だ。
さあ共産党の時代だといわれたとき、本当は心の底から動いているわけではなく、本当かな、また変わるのではないかと思って、右を見たり左を見たり、右顧左師というやつをやりながら生きてきました。
この世代は、だから自分でものが判断できない。
右顧左晒、付和雷同の世代です。
さらにもう一つ特徴的なところは、モノがたくさんあると幸せである世代です。
戦争中モノが何もなかった。
私が戦争中で一番旨かったのは、配給の乾燥バナナと防空壕で食べた干し大豆でした。
かめばかむほど甘かったというのを覚えております。
1945年8月号の雑誌に「アメリカ兵は背が高いけれども、足が長いだけで下半身はふにゃふにゃだから、物陰に隠れて通りすぎたら後ろから膝の後ろを竹槍で殴って、上からグサッと刺せ」という記事がイラストつきで載っていたのに、それからわずか1カ月ばかり後の8月16日の全ジャーナルは、諸手を挙げてアメリカ万歳になったことを体験した世代です。
つまり私たち第二世代は、子供の頃に、大人というのはかなりあやしいというのが骨身に沁みて分かって「自分で思いこんで一生懸命信じるのはやめた。
きょろきょろあたりを見ていて、皆が行くほうに行っていればいいや。
世の中変わればまた簡単に私も変わればよいさ」と思い始めた世代だといわれています。
日本には世代が4つあるといわれております。
第一世代というのは明治、大正生まれの方です。
私が第二世代、これは昭和初めから終戦の昭和十年代前半までに生まれた人問です。
この第二世代は自分でものが考えられない、付和雷同の世代のかなりいいかげんな世代です。
この世代の特徴は、何歳かで敗戦の日を経験したために、昨日まで鬼畜米英といっていた教師が、突然今日から英語が一番大事だといって黒板に「アイ・アム・ア・ボーイ」と書くのを見てびつくりした世代です。
私自身次から次へとモノを買う。
買わざるを得ない衝動にかられてきたのです。
私の友人に、新型カメラが出ると、街のカメラ屋に売り出される3日前に持っていないと気がすまないという男がいて、一般の売出しより早く手に入るとすぐに見せて回るのです。
「見ろ、見ろ、あさって出る新型や」といって、パシャパシャ撮って、それで気がすむのでそのまま置いておく。
彼の部屋へ行くと、カメラが山のように積んであって、思い立って一番下のを現像に出してみたら、10年前のフィルムだったといってました。
それは笑いごとではなくて、そういうことの好きな人が日本にはたくさんいるのは事実です。
これは日本人の第二世代といわれる私たちの世代の特徴でもあります。
カード型電卓は10年間に価格が10分の1になったという有名な製品ですが、私でも10何種か持っていて、その中の最も古いのは、たしか30年前に買った30万円のスウェーデン製の電卓です。
日本の簡易電卓の最初のは1972年の12800円のカシオミニでした。
今は皆600円のを使っています。
景品でただでくれることすらあります。
そうして、私の事務所と家にはその過程のいくつもの計算機があります。
本当に私たち日本人はそうやって新しいモノを買ってくることがうれしい人間だという実感があります。
住居は、玄関から各所要室を連絡させて配置構成されるが、北入り玄関が一般的な間取りといえるでしょう。
日照にあまり関係のない玄関を北側とすれば、日当たりのよい居室が南面に配され、動線が短縮されるなどの利点があります。
しかし、南側1方道路で、どうしても南側が出入り口となる敷地では、玄関を建物の南に配することになり、居住空間が2分されるような恐れがあります。
複合家族の住居ではこれでもよいが、小住宅では機能的プランとならない。
その場合は、東か西に片寄せて配置するか、アプローチの距離を長くする意味から、東入りまたは西入り玄関とする。
ただし、このプランでは、玄関から各室に連絡する廊下が長くなりやすい欠点があります。
道路は1方に限らず、2方、3方のこともあり、この場合は通勤、通学など交通の便を考えて、門の位置を決め、玄関を決める。
このように、玄関の位置は、外部要因と、平面計画上の内部要因とから、相関的に考えて決定しなければなりません。
ところで、インテリアですが、ソファは必須ですよね。
個人的にはソファー ベッドが好みです^^
モノがあると幸せな私たち。
松下幸之助さんがある講演で「日本人ぐらいうれしいお客様はいない」といっていました。
例えば、今日1万円のものを売り出す。
皆が買う。
たくさん売れて、その利益で技術革新ができる。
技術革新するから翌年はそれが5000円で作れる。
そうするとまたドッと売れる。
だからまたその利益で技術革新をする。
今度は2500円になる。
2500円のものをまた買っていただくと今度はまた安くなると。
事実、本当にそうなのです。
『日本霊異記』についてです。
聖武天皇はある日、大納言の藤原仲麿を召して、「わが子の安倍内親王と天武天皇の孫の道祖親王の二人に天下を治めさせようと思う」と言いました。
仲麿は「まことにけっこうなことです」と申したので、天皇はうけいの酒を飲ませて神に誓わせました。
すなわち、「もし私がのちに遺勅にそむくようなことがありましたら、天の神も地の神も私を憎み、その怒りによって大きな災いを受け、身を損ない、命をも失うでしょう」と誓って酒を飲んだのです。
織田信長は桶狭間で今川義元を迎え撃つに先立って熱田神宮に詣で、将兵を前にしてこう言ったといいます。
昔から色々な占いがありますが、現代の電話占いならココだと思います。
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